
前述の『はじめに』『アメリカと日本』『色々な外来種』にて、うだうだと書きたいことを書きなぐってきましたが、これらをまとめると以下のようになります。
1.外来種の無闇な放流には賛同しかねる。
2.しかし原産国がどこであるかではなく、在来種が存亡の危機に陥っている真の原因を考えたい。
3.最もインパクトが大きいのは河川工事による河川環境の荒廃である。
4.次いでインパクトが大きいのは釣り人による乱獲や漁協による乱放流が引き起こす遺伝子錯乱である。
5.自然環境にとって有害なのは正しく釣り人である自分達自身である。
6.この現象は世界的に発生している問題だがわが国においては渓流が特に目に付きやすい。
7.心無い釣り人の行いのため釣り人が自然保護を訴えても説得力にかける。
8.『ではどうする?』という問いに対し消極的な行動に走る釣り人が多い。
・物言えば唇寒し秋の風」のごとく、何か意見したとたんに突っ込み所満載の
釣り人自身に火の粉が降りかかることを恐れて口を閉ざしてしまう。
・快楽を手放したくないために「見ざる」「言わざる」「聞かざる」のごとく、
自分たちにとって都合の悪いことに対し耳をふさぎ、目をそむけ、口を閉ざしてしまう。
数ある選択肢の中で、ぼくが選んだのは『ニンゲンとして生きている限り、釣り人である限り、自然にとって有害なことをしていることを十分自覚した上で、少しでも魚に優しく、環境に優しく、上を見て生き、下を見て暮らす。その一環として釣りは継続する』ということでした。そして耳をふさがず、目をそむけず、口を閉ざすことなく、前向きに取り組んで行くことでした。
そのように考えるようになってから、気持ちがとても軽くなりました。そして何をやるにも楽しさが沸き起こってきました。このような基盤の無い状態で、釣った魚を何匹リリースしたところで、烏合の集の如く大勢集まっていくらバカ騒ぎをしたところで、心が寒くなるばかりでした。
他人を変えることは困難を極める、しかし自分を変えるのは容易である。そして自分が変わった瞬間に周りの世界全てが変わってきました。サイトに出入りする人の種類が変化しました。一緒に行動する人の種類が変化しました。行く先々のフィールドの種類が変化しました。
そして、美しい流れを次世代へ残すために、個人的にできることを負担にならない程度にやればいい。組織だってやる必要もない。そんな一人一人の小さな取り組みの結晶は、利害関係にまみれ迷走している国家プロジェクトよりも効果を発揮するに違いないと信じてやみません。
・・・とりあえず、一区切りかな。
