釣りにおけるナショナリズム

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いつかはこの問題に突き当たることを当初から予測はしていたのだが、釣りと生物多様性の問題を考えつづけていくと、「ナショナリズム」の臭いがしてくる。

「ヤマメとイワナこそが日本の渓流に相応しい。ニジマス・ブラウンは死ね!」(a)

声高に渓流釣り師は訴える。

私は、魚であってもニンゲンと同じような魚格をもつと考える。

上記のことが仮にニンゲンだったら・・・

「日本人こそが日本に住むに相応しい。外国人は死ね!」(b)

渓流釣り師が発する (a) の言葉は、私にとっては (b) と同様に聞こえる。

さらに・・・

「日本人は日本古来に伝わる道具だけを使っていればいいのだ。外国の道具は死ね!」

いまや、外国文化が普通に往来し、人種の坩堝と化したTOKYO。見渡せば外国人だらけだ。自分都合で日本に移住してくる方もいれば、出稼ぎのため半ば強制的に連れてこられてきた方もいるだろう。彼らを排除すべき理由は何一つとしてない。

昔日の尊皇攘夷、朝鮮人や中国人への差別、世の中の戦争が起こったのは、このような潜在意識が根っこにあったからだろうか・・・。

たかが釣り・・・
されど・・・ちょっと背筋が寒くなってきた。


もういちど、「はじめに」~「美しい流れを次世代へ残すために」までを
よく読み返してみよう。


参考:
(ナショナリズムは、)
民族意識が文化的な段階から政治的な、したがって『敵』を予想する意識と行動にまで高まったときにはじめて、出現する。
丸山眞男「イデオロギーの政治学」(1954年)より

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