
最近のことだが、友人達とある話題について話が盛り上がっている。
その話題とは「異論反論に対して脆弱なブロガーたち」
年齢、性別を問わず、異論反論に対して脆弱なブロガーが多いように見受ける。
「言いたいことは言いたい、書きたいことは書きたい。でも気持ちいいコメントだけが欲しい。異論反論は受け付けない、自分たちだけで楽しくやりたい...」
という思考回路の為せる業であり、世界へ向けて情報発信をしていることに対する責任から、その思考回路を作用させて逃げている。
そうした思考回路を否定するワケではないのだが...
広島風のお好み焼きをつっつきながら考える...
あるブログでは...
「異論反論大歓迎」と唱えつつ「返答はいたしません」
また別のブログでは...
「異論反論はシカトします」
異論反論に対する理論武装もせずに、自分の言いたいことを言い、書きたいことを書いて、 賛同的、同調的なコメントだけを期待し受け付け、異論反論に対しては耳を塞いでしまう。
どんなことを言おうが、どんなことを書こうが、その人の自発的な意思によるものであれば、 それを阻止することはいけないけど、 自分が言ったことや書いたことに対して全員が賛同してくれるということは現実的な考えでないし、 異論反論に誠意をもって対応するのが、自分の言いたいことを言い、書きたいことを書いたことに対する責任であり義務であるだろう。
インタネットの世界は公開が原則であって、閲覧する環境さえ整っていれば、人種、国籍、年齢、性別、信条を問わず、実に様々な考えの人がアクセスすることができる。
そうした世界へ向けて情報を発信するということは、自分の都合のよい反応だけが返ってくるはずがない。
「自分の考えに合わない人は訪問するな」とか「異論反論は受け付けない」というのは、情報を発信する側の身勝手で、インターネットが自分の考えに合わない人に対しても常に開かれたものであるということを忘れているというか、そういう認識が欠如した無知で幼稚な思考ではないか。
異論反論の排除は、極めて傲慢かつ自己中心的な行動であり、一歩間違えればカルト宗教と何ら変わりない....
子供のインタネットの利用について世間で騒がれている。
子供がこんなことをやればオトナから叱られるのだろうが、
「ブログ」という、「手軽に世界に情報発信できる」コミュニケーションツールを手に入れた、大のオトナがやってることが情けない...A(^_^;
.....ふとある言葉が脳裏を過ぎった...
「裸の王様」
※本記事コメントオンにしました。

私はこの曲が頭を過りました^^;
大事MANブラザーズバンドの「それが大事」
この曲の歌詞の中に
「負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じぬく事」
とありますが、作詞&作曲を担当した立川俊之氏曰く、
一番大事な事は『信じぬく事』なんだそうです。
ちなみに正確には
信じぬく事>逃げ出さない事>投げ出さない事>負けない事
だそうです(^_^)
信じるのじゃなく『信じぬく』
『信じぬく』ことは自分だけよければいいと考えていては
なかなかできません。少なくとも私は・・・
結局、
何のため?
誰のため?
というと
自分のためですよね^^
異論反論がどうのという人が自分のために言っているか
わかりませんがこの記事を見て現代の縮図があるなと思いました。
ちょっと悲しいです(>_
中年Oさん昨晩は電話どうもでした。
なるほど参考になります。
しかしこうやって考える手法はウェブに渦巻く文章を解析する上での良い手助けになりますね。
まぁウェブに限らず日常生活も然り、ですね...A(^_^;