情報公開と場荒れのジレンマ

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Web2.0の時代、いままで放送局や出版社などが独占していた情報発信のツールを個人が手軽に操ることができるようになった。

組織的な活動を行っているマスメディアと個人が発信する情報の社会的な影響力は比較にならないけれども、個人であっても組織的なマスメディアが遵守しているようなルールを守るように心がけなければならないだろう。

著作権に関する事項、個人情報に関する事項が主な柱となる。これらについては以前何度も記事にしているので、そちらを参照されたし。

こと釣りに関しては、やはりフィールドの情報の発信についてがメインテーマだろう。

先の「河川名・ポイントの公開・非公開について」というエントリーでも述べている通り、ワタシのスタンスは、河川の場合は「漁協で広報に力を入れている河川」「C&R区間」「管理釣り場」の3つしか、詳細情報をウェブ上には流さない。

湖沼の場合はちょっと緩くなるけれども、たとえば「中禅寺湖・国道側」「中禅寺湖・山側」「芦ノ湖・成蹊」「本栖湖・洪庵」「野反湖インレット」などの粒度でポイントを公開したところで、ではさて具体的にどの立ち位置でどっちに何メートル投げて何メートル沈ませたか、などはサッパリわからないので、まあいっか、という感じだ。

これが海になっても同様で、船宿などを利用した場合は積極的に公開するけれでも、オカッパリの場合は海であっても詳細なポイントは明かさない。

河川の場合、特に渓流の場合はポイントが特定されてしまったら場荒れは必至で致命的となる。湖沼や海の場合は、情報公開の粒度が大きいので、気楽っていうのもある。

「釣り情報として意味をなさない」「有益な釣り情報発信をしなければ有益な釣り情報を教えてもらえない」といわれてしまえばそれまでだけれども、「そもそも釣りの情報なんぞは自分の足で稼ぐもの」という信念があるので「それでいいのだ」と割り切っている。

ちょっといい魚が釣れちゃったりすると、釣り人の習性として、誰かに見てもらいたい、聞いてもらいたい、という心理が作用する。そして目を血走らせながら釣果情報を漁っているほかの釣り人は「ドコで釣った?」「何を使って釣った?」と、いう具体的な情報を知りたくて仕方が無い。

いい魚だけを見せびらかせて、具体的な釣り情報を教えないのは、目を血走らせながら釣り情報を漁っている輩にとっては、イヌのお預けに近いイジメみたいな感じになってしまうのかもしれないし、具体的な情報はテレビや雑誌などのネタにすれば売れるわけだ。

しかしちょっとマテ、いい魚を釣った情報が流れているそのときにはもうそのポイントのいい魚は釣られちゃった後なんですけどネ...(A^_^;

だからといって「じゃあいいじゃんか!」というワケにはいかない。

「一般河川の情報公開の精度を下げている」件に関して、一部の釣り業界人から「河川の私物化」と指摘されたけれど、その釣り業界人でさえも、「マスメディアなどを利用して河川の情報公開を行い利益を上げる」という「私物化」を行っているわけだし、そっちのほうが圧倒的に影響力が大きいのだから始末が悪い。


「一般河川の詳細情報公開」をしちゃうと、釣り人が押しかけてくることにより、そこをホームリバーにしているヌシみたいな釣り人たちや私有地に不法駐車されたり、私有地に勝手に立ち入られたりする地元の人たちは過敏に反応するんだけれど、それはそれでそういった人が圧倒的に多いのが現実なんだから、その現実を受け入れるほかはないだろう。

いままでに釣り雑誌等に掲載されたことにより潰れたフィールドは計り知れないし、掲載した側が叩かれるのなんて日常茶飯事の出来事だ。よって掲載するにはそれなりの覚悟が必要だし、異論反論にきちんと対応していく姿勢で臨まないと、なおさら叩かれる結果となる。

これは釣りでは無いんだけれども、自宅から徒歩10分程度の場所にある河原は、かつてはクルマで乗り入れが可能でバーベキューで賑わっていた。それが10余年前に某国営放送局の番組でバーベキュースポットとして紹介されて以来、訪問者とバーベキューの残飯などのゴミの量が急激に増加し、いつのまにやら河原へのクルマの立入が禁止されていた。

情報公開することにより人が押し寄せオーバーユーズとなり、資源の枯渇を招いた身近な例だ。

刹那的な快楽ではなく、より多くの人が末永く釣りの楽しみを共有していくためにも、例え個人レベルの情報発信であっても、そのあたりのことには配慮していきたいものだ。

※写真はイメージです

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