
渓流や里川の釣りは何かと面倒くさいことが多いですね。
その大きな原因は、漁業調整規則や水産資源保護法などの法令が、漁業組合員を対象としたものであり、遊漁者をコントロールするための拘束力をもった明確なルールが、事実上存在しないためです。
んで、「限られた漁場面積や、漁獲資源の遊漁者への割り当て」が、釣り人のモラルやマナーといった、認識のズレや温度差の激しいことに依存していることに起因しています。
しかし、もうそんなことは、何年も議論し尽くされていることだし、国として取り組みはじめているところでしょうから、ここ暫くは静観していきたいと思います。
んで、唐突な表題「気づかずやってる河川の私物化...(Θ。Θ)」なんですけど、これって、程度の差はありますけど、釣り道具の違いとは無関係なんですよね。
これは混雑度の激しい河川ほど顕著ですね...
エサ釣りの場合

濃密放流河川での放流日にしばしば見かける光景です。
放流ポイントを陣取って、いすやテーブルなども並べてしまい、ほかの釣り人が立ち入りにくいように排他制御をかけてしまいます。
この光景を見たフライマンは「ツリボリ状態」と幻滅し、エサ釣り師を「エッサマン」と罵ります。
・・・・・・ところがドッコイ♪
フライフィッシングの場合

魚影の濃い川のイブニング(夕方)のプール(淵)で、しばしば見かける光景です。
ライズ(魚が水面近くを漂う虫を食べるために跳ねる動作)が起こるのを待つために、その場所を陣取って、ほかの釣り人が立ち入りにくいように排他制御をかけてしまいます。
この光景をみたルアーマンの一部やエサ釣り師の多くは、「釣りもしていないのにフライマンにポイントを占領された」と、激怒し、または、気が付かず、お構いなしにそのポイントで竿を出してしまいます。
共通していること
エサ釣り師、フライマン、どちらにしても、本来「みんなのもの」であるはずの川の一部を占有し、ほかの釣り人が立ち入りにくいように排他制御をかけてしまっているのです。
「先行者」という「早い者勝ち」的な暗黙のルールが存在しますが、あくまでも「拘束力をもたない」ものであって、遊漁者をコントロールするための拘束力をもった明確なルールは、事実上存在しないのです。
ぶっちゃけ公園や駅前の広場、繁華街の路上の一部を占有し「ここは俺の場所」だと主張しているようなもんですね。
そんなことをやっていると、そのうちオッカナイおにぃさんが出てきて、「誰の断わりでそこを陣取っているわけ?」と、言われるかもしれませんよね。
それが、川であっても何ら変わりありません。
どうでしょう?こんなことは、小学生でも理解できるんじゃないでしょか?
...ところが、わかんないのが「釣り人」なんですよ。
なぜかって...
それは、「魚を釣りたいという欲望」にまみれているため、正常な判断能力が欠如してしまうことが多いからなんですよね。
って、ワケで......
やっぱり...
釣り人って...
「サル♪ゴリラ♪チンパンジー♪」ってワケで...
「クワイ河マーチ」のメロディで......
サル♪
ゴリラ♪
チンパンジー♪
サル♪
ゴリラ♪
チンパンジー♪
サル♪
ゴリラ♪
チンパンッ♪
サ~ル♪
ゴリ~ラ♪
チン~パン~ジ~♪
っと、口ずさみながら行進(更新)デス......(^皿^)ノ
果たして、ルアー・フライ・テンカラ・エサ釣りの溝に橋はかかるのだろうか?
特定河川への釣り人の集中による割り当ての減少問題は、今に始まったことではありません。
しかし、釣り人口が減少しているにも関わらず、近年河川の混在度が加速しているのは、魅力ある釣り場が減ってきているという裏付けでしょう。
釣り人は欲望に正直な生き物ですから、釣り場として魅力の無い河川をあの手この手でどんなに宣伝しても支持は得られませんし、釣り場として魅力のある河川は宣伝しなくても人は集まり、ヘタに宣伝してしまうと、共有地の悲劇を生み出しますしネ......
釣り人の受入枠を増加させるために釣り場として死んでしまっている河川を再生させようとする試みもありますが、河川を再生させる努力を惜しまない釣り人は限りなくゼロに近いでしょうネ...
ヤッパリ、海釣りのほうがお気楽でいいなぁ~(Θ。Θ)
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