「ダメなところをを改善するよりも」「良いところを伸ばしてあげましょう・良いところをシッカリと守っていきましょう」という教育方針がある。
もって生まれた性格だとか、ニンゲンの長所短所について論じられることが多いんだけど、たとえば釣りの嗜好やテクニック的なものにもあてはまる。ことフライフィッシングのキャスティング技術とかになると口うるさくなってしまうのだけれども。
永年「短所を改善してこそ長所も生きる」と頑なに信じていたのだけれど、「良いところを伸ばしてあげましょう・良いところをシッカリと守っていきましょう」というほうがもっと大事なのではないかと、釣りのフィールドにも全く同じことがいえるんじゃないかと、高原川の流れを見ながら感じた。
高原川の河畔は雄大で流れは重く水は清清しい。川床の石はいかにも川虫が豊富そうで魚が生息するに不自由はしなさそうだ。北陸の川や東北の川を見てしまったら、源流域でも流れは太く、それこそ目の毒かもしれない。
高原川漁協の方の話によれば「年々悪くなっている」と言うが、いったんそのような流れを見てしまったら、東京近郊の川なんぞはドコへいっても狭苦しいドブ川か工事現場みたいに感じてしまう。
そういった過酷な環境に放たれ必至に生きていこうとするヤマメやイワナをいとおしく感じる釣り人もいるけれど、ワタシの場合は「そんな過酷な環境に放流され必至に生きるヤマメやイワナの追い討ちをかけるように釣ってしまったらかわいそう」というところに行き着き、そういった川ではもう釣りをやりたくなくなってしまった。そんな心境で尾崎豊15の夜の替え歌を考えたのは一昨年のことだった。
比べちゃいけないけれども、現実なんだから仕方が無い。
で、最近はどこへ行っても「キャッチアンドリリース区」というのがある。ある意味流行なのかもしれないし、魚食文化の根強い日本においては、漁獲資源枯渇に対する有効な施策のひとつなのかもしれない。
そんな「キャッチアンドリリース区」についても「悪い川を改善する」ための「キャッチアンドリリース区」と、「良い川を伸ばす・良い川を守る」ための「キャッチアンドリリース区」の二通りがあるんじゃないかと感じた。
これは全くの私自身の私見だけれども、埼玉・山梨・長野の「キャッチアンドリリース区」は「ダメな川を改善する」のが目的であると感じ、群馬・栃木・岐阜の「キャッチアンドリリース区」は「良い川を伸ばす・良い川を守っていく」のが目的であるような感じがした。
ニンゲンの短所を改善するのは非常な苦痛を伴う。これが「川」についても同様で「ダメな川」を良くするための労力は非常に苦痛に感じるだろう。これに対してニンゲンの長所をさらに伸ばしていくのは非常に心地良いのかもしれない。これが「川」についても同様で「良い川」をさらに良くするための労力は、楽しさいっぱいである。
そんなところへ「 第三次生物多様性国家戦略」が目に入ってきた。(環境省・「第三次生物多様性国家戦略」を策定しました」)
「生物多様性国家戦略」というとすぐに「外来魚がどうちゃら」と叫ぶ人もいるけど、もっともっと奥の深いものであって、「外来生物法」だけじゃなくって「エコツーリズム推進法」なども絡んでいる。
これらについては、これからさらに勉強を進めていきたいと思う。


