微妙な話と葛藤処理のヘタクソな日本人...(@@)

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連休初日だというのにはっきりしない空模様だし、地方へ向かう道路は大混雑だし、隣町にできたショッピングモールによる大渋滞で、ショッピングモールに入りきれないクルマの不法駐車が後を絶たず、近隣は大迷惑みたいです。

まあそんな感じで、ちょっとした外出であってもなんだか億劫な感じですね。ヒマツブシにクルマの燃料を補給しに行ったら、何だかえらく値上がりしており、ガソリンスタンドは閑古鳥が鳴いておりました。

ところで「微妙」という言葉があります。辞書的な意味は二種類あるようで、ひとつは「非常に小さい」「非常に細かい」という意で、もうひとつは、「明暗判別のつかない」「賛否両論分かれる」「社会的影響力の大きい」「基本的人権に関わる」「不安定な」「やんわりとした否定表現」というような意で用いられている模様です。

どちらかと言えば、最近は後者の意で用いられている場合が多いでしょ。

たとえば。。。

「この週末は微妙な天気ですね」 ⇒ 「この週末は雨が降るんだか晴れるんだかハッキリしない天気ですね」・・・「明暗判別のつかない」「不安定な」

「このパスタ、味は微妙ですね」 ⇒ 「このパスタ、美味しくないんだけど、はっきりとマズイとは言えない味ですね」・・・「やんわりとした否定表現」

「中禅寺湖へ投げ倒しに行きませんか?」「微妙ですね~」⇒「ボーズ覚悟の釣りなんか行きたくねえよ。でもはっきり言うとカッコ悪いから、微妙と言っておこう」・・・「やんわりとした否定表現」

「北京オリンピックの聖火リレー中に起こっている諸問題については、微妙な問題をはらんでいる」⇒「明暗判別のつかない問題」「賛否両論分かれる問題」「社会的影響力の大きい」

「企業の人事について出身地などによる微妙な問題は除外すべきである」⇒「基本的人権に関わる問題」


まあ、ヒマツブシにざっと列挙しただけで、こんだけ色々な用例を思いつきました。


しかし、「微妙」という言葉を使う人って「ビミョー」だよなwww


で、そんな「微妙」な問題に対して、発言を忌避する傾向にあるのが日本人の特徴みたいですね。


「微妙な問題」に向かうとは即ち「葛藤処理」ということになります。

「葛藤処理」とは、「明暗判別のつかない問題」「賛否両論分かれる問題」などに対して、自分のポジションやスタンスを明確化して、自分の意見を述べ、また反対意見を聞き入れ、相互理解を深めていこうという、コミュニケーション能力のひとつです。

ところが、ありのままの自分の考えをそのまんま曝け出すことができない人が少なくなくって、身体に変調をきたしてしまう場合もある模様です。


 「共通しているのは、自分へのこだわりが強い人。こだわりがプライドにもなっている。ここは譲れない、ここは周囲に評価して欲しいという自尊心を持っている人が多い。その一方で、自尊心やプライドを押し通すだけの自信がないために、自己主張ができないのです」

 確かに、他人からの批判に脅えていれば、人間関係も浅いものになっていく。人付き合いを深めるには、自分の持っている世界を相手に見せなければいけない。こうした人間関係の中を緊張状態で送っている傾向があるという。

 「人と争ってまで自分の考えを押し通す気持ちはない。トラブルを起こしたくない。そんな自己矛盾の世界に生きているんです。そうなると結局、自分の世界の中に留まって、じっとしているしかない」

 それでも、多くの人は矛盾を抱えつつも、会社に向かう。その違いは、どこにあるのか。

 「矛盾などの葛藤を自分で乗り越える力があるかどうかの違いです。乗り越えられないのは、葛藤処理体験が少ない人。子供の頃、勉強さえしていれば、何でも許され守られる、安心できる場があったんです。これでは葛藤処理能力が身につきません」


夕刊フジブログ・日本の病巣~ひきこもる大人たち(2)より抜粋


そんな「葛藤処理」ですが、その人の性格的な傾向によって様々な対処法がある模様です。


無関心型: ・・・・・触らぬ神に祟りなし

葛藤処理:

1)これまでの無色透明な態度を捨てて、すべての議題に対して自分の考えをはっきり主張すること。賛成か反対か決めかねる場合は、質問をして、それから判断を下す。

2)たとえ少数派になろうとも、自分の考えに忠実であること。

3)他人からの指摘に納得がいかない限り、自分の意見を主張する。他人の意見に対しても、納得のいく根拠の説明を求める。ただ論争を避けるためだけの目的で他人に従うことのないようにする。


カントリー・クラブ型: ・・・・・楽しくやろう

葛藤処理:

1)自分に対して遠慮無く反対意見を言うように積極的に働きかける。反対意見が出されたら、もう一度自分の考えを述べ、議論し合うようにする。

2)まわりの人たちが抱く漠然とした疑問やためらいにも理解を示すこと。自分も他人の意見や提案に対して疑問やためらいを感じれば、それを率直に口に出していうようにする。

3)自分のそれよりよい考えや方法が提案されてら、自分の考えを変えて、それを取り上げることをはっきり言明すること。同時にその理由も具体的に述べること。さもないと、付和雷同型の頼りない人間と思われる。


権威服従型: ・・・・・強い者が勝ち!

葛藤処理:

1)怒鳴り声をあげたくなったら、それは相手を威圧することが目的か、それとも健全な解決を求めるためなのか、と自分の胸に手をあてて、よく考えてみる。

2)自分に攻撃的な傾向があることを頭において、まず相手に話をさせる。自分が答える番になったらまず相手にいったことを復唱して確かめてから、自分の意見をいう。

3)たとえ合意はできなくても、互いの意見を理解し合ったうえで、話を締めくくるように努力する。葛藤になったら、相手のいうことを頭から否定したり抑圧せずに、問題に真正面から取り組み、あくまで解決を図るようにする。


中道型: ・・・・・これだけやれば十分だ

葛藤処理:

1)意見が割れる場面であ、誰が有利で、誰が面子をつぶすか、といった見方を捨てること。大事なのは「何が正しいか」であって、「誰が正しいか」は問題にしない。

2)ことなる見解に対して、心を開いて進んで論じ合うようにする。そういう態度で葛藤に臨めば、めったなことでは、険悪な勝つか負けるか式の状況にはならない。

3)求められなくても、進んで自分の意見の根拠や理由について説明する。同様に、他人の意見についても、そのまま聞き流すだけでなく、その底流にある本当の理由や根拠をつかむように努める。発言のないメンバーには、こちらから質問して意見を引き出す。


(温情主義)型マネジメント: ・・・・・俺は偉いのだ!

葛藤処理:

1)視野を拡大し、より正しい判断を求める過程では、意見の対立が起きるのは当然だという態度を身につけること。反対意見を自分に対する人身攻撃と見なさない。

2)自分から働きかけをして、どんな意見でも遠慮なく言ってもらい、その1つひとつを突っ込んで検討し、最善の解決策を探すように努める。

3)筋の通る反対意見であれば、それが誰から出されたものであっても、偏見のない公正な態度で受け入れること。


日和見主義型マネジメント: ・・・・・自分の得になることがあるか

葛藤処理:

1)反対意見は、皆の前ではっきり述べるようにする。黙っていることは、暗黙の了解だという考えを捨てること。

2)葛藤を避けたり、なだめて丸く収めようとしないこと。葛藤をしっかり見すえて、対立点を理解するように努める。自分の意見の根拠を、ゆっくりポイントごとに説明し、相手には途中でいつでも反対意見を言ってもらうようにする。

3)他人が発言中は、自分の作戦を練ったりせずにしっかり傾聴する。正しいのは「誰」ではなく、「何」か、を問題にする。不明な点はどんどん質問する。


ISO/Jin Online The Managerial Grid より


とまあ、いろいろぐちゃぐちゃと御託を並べてきましたが、そういった人が現存しているというのもまた事実ですし、どちらかといえば「葛藤処理からの逃避行為」というのは「事なかれ主義に支配されている日本的文化」なのかもしれませんよね。


しかしながら、ニンゲン日々生きていれば、平穏な日々もあれば、ハードルに突き当たることもありますよね。そしてハードルを乗り越えようとせずに、「ビミョー」と言ってお気楽にやっていれば、その場でその場では、表面上の平和を維持できるかのように見えますが、根本的な解決にはならないでしょう。

「賛否の分かれる問題をいくら論じても平行線だからやらない」というのも、またひとつの正論でありますが、論じなければ何も始まらないってのもありますし、色々な人の言い分を聞きつつ自らの考えを述べていくことが、相互理解のチャンスも生み出し、また新たな方策が生み出されていく可能性も秘めている、知的活動であり、かつ生産的な活動であると思ってやみません。


そういった活動を継続していくことは、もちろん肉体的・精神的な消耗は大きいですが...(A^。^;

要は「その人にとって、それだけ打ち込めるだけの価値が見出されているか否か」ってわけでしょう。


・・・こりゃ「ビミョー」な問題ですけど...(A^。^;


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