毎年のことなんですが5月連休は遠出をしないことにしている。なにしろあの渋滞は耐え難い。かといって、どこへも釣りに行かないというのも釣り人としてはムリに近いので(笑い) どっかの近場でお茶を濁すことになる。
しかし、先日の奥多摩川のように、近場の川はどこも死んでしまっており、釣り場としての魅力はもはやない。
「死んでしまった川を再生する試み」が行われている川もあれば、従前の如く「成魚放流&釣り切り文化」を頑なに守っている河川もある。どっちが良くてどっちが悪いかというのは、その釣り人のフィッシングスタイルや嗜好に依存する部分が大きいため、微妙な問題として捉えて自分の考えを正々堂々と発表できない釣り人が多い。
ワタシの考えでは「死んだ川を再生する試み」も「成魚放流&釣り切り文化」も、今日の東京近郊の河川利用の実態としては、両方とも納得の行く考えだ。しかしながら、釣り人にとって、「釣ったサカナは逃がせ」っていうのと「釣ったサカナは食ってやる」というのは、利害の相反する分野なので、本質を見失って感情論に発展しやすい傾向にあるのも確かだ。
しかし、だからといって「口を閉ざす」という行為は卑怯であるように感じるし、こうした話をちゃんとできないような人は「葛藤処理」がちゃんとできていないのではないかと疑いの眼差しを向けざるを得ない。
ま、それはともかくとして、「いつ行っても魚の影を見ることができる川」東京近郊の川では、ツリボリかツリボリに近い管理形態の川以外の場所に望むのは夢のまた夢・・・若しくは水質が著しく悪いため釣った魚を食べることを躊躇してしまうような川ぐらいしかない。
これが地方の川であっても、本質的には違わないのだろうけれども、東京近郊の河川では、釣り人の数が圧倒的の多いために、影響力がハンパじゃない。
っと、まぁ、近所の川のことを色々考えていくと、色々と嫌気がさしてくる。
地方の恵まれた川しか知らない釣り人にとっては、奥多摩川の実態などは想像もつかないだろう。
いままで色々と勝手なことを言われてきたけれども、そんな現状を知った上で発言して頂きたいものだ。
そんなワケで、息抜きにちょっとつりにでも行こうかということになり、中禅寺湖、芦ノ湖、野反湖、鬼怒川、神流川、千曲川・・・と、いくつかのフィールドを検討したのですが、どうも渋滞からは逃れられない。
って、ワケで、ヤッパリ、「海?」

海はヤッパリ癒される。内水面と違い懐の大きさがけた違いに大きい。
本来はオカッパリで果敢に攻めたいところだけれども、東京湾や相模湾などは、釣り人の数がやはり圧倒的に多いし、SOLAS条約により立入禁止になっている港湾施設も増えたし、エギングなどでマナーのよくない釣り人の港湾施設の利用状況が芳しくないため立入禁止になった防波堤などが増える一方、駐車スペースの問題も渓流周辺の私有地と同様の問題を抱えている。
てなワケで、遊漁船の利用が最も安心できるという事態になっている。
ま、そんなワケで、海ではすっかりと「遊漁船」の利用者となっているのだけれども、「オカッパリが上で船は下」だなんてこれっぽっちも感じていない。上記の考えが全てである。
で、ごそごそとルアーの道具を引っ張りだしてきた。
言わずと知れた「スキル・ジグ」いつのまにか本数が増えてしまった。このジグにはかなり良い思いをさせてもらっている。

こちらは、D.ON というスプーンというかジグというか、得体の知れない物体。。。(爆)
大きいほうが45gで、小さいほうが35g、青の35gでは大鯖の入れがかりだった。
ペンシルとかも出てきたけれど、トップウォーターにはまだ早いかな?
好みは人それぞれだけれども、淡水だけに固執していると、フライフィッシングだけに固執していると、アブラビレだけに固執していると、まあロクナことはない。コダワリを持つのは大いに結構だけれども、コダワリというのは自分の世界を狭めているだけだろう、というのがワタシの持論。
