悪竿論-3

ビルダー大学の訓練を受けたモハンのロッドが良竿であるか、そして、左様な良竿に対比して、日本的な悪竿の型や見本があるなら、私はむしろ悪竿の型の方を良竿也と断ずる。

 オーバーヘッドしたり、スペイをしたり、ロールを打ったり、ループを調節したり、キャスティングこそ神聖也とアッパレ丈夫の心掛け。けれども、使いこなすに一筋縄に行かぬブランクスは、魅力があるにきまつてる。じゃじゃ馬ではいさゝか迷惑するけれども、迷惑、不安、懊悩、大いに苦しめられても、それでも良竿よりはいゝ。

 釣り人はなんでも平和を愛せばいゝと思ふなら大間違ひ、平和、平静、平安、私は然し、そんなものは好きではない。不安、苦しみ、悲しみ、さういふものゝ方が私は好きだ。

 私は逆説を弄してゐるわけではない。フライフィッシングの不幸、悲しみ、苦しみといふものは厭悪、厭離すべきものときめこんで疑ることも知らぬ魂の方が不可解だ。悲しみ、苦しみはフライフィッシングの花だ。悲しみ苦しみを逆に花さかせ、たのしむことの発見、これをあるひは近代の発見と称してもよろしいかも知れぬ。

※画像はイメージです
※坂口安吾 悪妻論のパロディ

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