現代フライとは? (3)

現代フライの貧困、などゝ近頃のハヤリ言葉であるが、こういうことを言う人は、すでに御当人が阿呆なのである。

老人というものは、口を開けば、昔はよかった、昔の釣り人は腕がたしかであった、今の釣り人は見られないと言う。何千年前から、老人は常にそう言うキマリのものなのだ。それは彼らが時代というものに取り残されているからで、彼らの生活が、すでに終っているからだ。

フライというものは、その実際のハタラキは腕という魔法的なものではなくて、釣りでなければならぬ。それが現実の釣果にまことのイノチをこめてはたらくところにフライの生命があるのであり、だから、その在り方はフライというよりも釣り的なものだ。

※画像はイメージです
※坂口安吾「現代とは?」を釣りに絡めたパロディーです
※文章の内容に意味はありません。パロディーとして軽く読み流して下さい。

 

紹介 フライ地蔵

あまりにも釣れないため、ボーズを通り越してお地蔵さんになってしまいました.../(^o^)\ しかも、サカナが釣れない主原因は諸所の雑用が多くて、ほとんど釣りに行けないという.../(^o^)\

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