現代フライとは? (6)

歴史的な観察法は現代には通用しないものだ。なぜなら、釣り人と一口に言うが、いわゆる釣り人一般と、自分という年イチしか行くことができない釣り人とは違う。釣り人は永遠に在るが、自分は今だけしかない。そこに現代というものゝ特性があり、釣りというものが歴史的な観方と別に現実だけのイノチによって支えられているヌキサシならぬ切実性があるのである。

これを知れば、フライの貧困などゝいう言葉は在り得ない。フライは貧困でも豊富でもない。フライは常にたゞ現実の釣りであり、ギリギリの物なのである。

★ 和式毛鉤の伝統が、主として偶像的虚妄の信仰であることゝ同様に、洋式毛鉤の公式的な移入にも、同様な偶像信仰がつきまとっているものだ。

※画像はイメージです
※坂口安吾「現代とは?」を釣りに絡めたパロディーです
※文章の内容に意味はありません。パロディーとして軽く読み流して下さい。

 

紹介 フライ地蔵

あまりにも釣れないため、ボーズを通り越してお地蔵さんになってしまいました.../(^o^)\ しかも、サカナが釣れない主原因は諸所の雑用が多くて、ほとんど釣りに行けないという.../(^o^)\

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