『素朴な疑問』に対する更なる考察…(;´・ω・)

先の『素朴な疑問』のこたえ?で、「専門性/技術力」以外の「社会貢献度」「営利性」という考え方の軸の違いが齟齬を生み出し(自分が)混乱しているようなことを書きましたが、これって2次元2軸ではなく3軸の3次元な話なんじゃね?って思い立ち、図のような3軸でプロットしなおしてみました。

 

A…釣りが上手ではなく、社会貢献(権威付け)も興味なくって、儲けなんかもちろん考えてない
B…釣りが上手で自分の考え方もあるんだけど、社会貢献(権威付け)も興味なくって、儲けなんかもちろん考えてない
C…釣りが上手ではなく、儲けなんかも考えてないんだけど、なんか世の中のためになりたい(権威付けしたい)と思ってる
D…釣りが上手で自分の考え方もあって、なんか世の中のためになることをやってる(権威がある)んだけど、儲けなんか考えてない

E…釣りが上手ではなく、社会貢献(権威付け)も興味ないんだけど、金儲けは一生懸命やってる
F…釣りが上手で自分の考え方もあって金儲けは一生懸命やってるんだけど、社会貢献(権威付け)には興味ない
G…釣りが上手ではないんだけど、金儲けは一生懸命やっててなんか世の中のためになりたい(権威付けをしたい)と思ってる
H…釣りが上手で自分の考え方もあって世の中のために役立って(権威があって)てビジネス的にも成功している

 

そうすると、自分を含めた一般の釣り人は、単純に「営利性」という軸で「プロ」と「アマ」を分類し、ABCD=アマ、EFGH=プロという仕訳をして考えている方が多いんじゃないかと思います。

 

一方、「専門性/技術力」という軸に特化した形で、「プロ」と「アマ」を分類する考え方もあることが、今回のやりとりでわかりました。そうすると、「儲けを度外視したプロ」がいっぱい存在することになります。とりわけ釣りの世界では「釣り自体を生業」として生計が成り立つのは職漁師ぐらいなもんで、公義的に周辺サービスに従事する方はプロに含まれるのかと思ってたんですけど、そうじゃなくって上図のDに該当する「釣りが上手で自分の考え方もあって、なんか世の中のためになることをやってるんだけど、儲けなんか考えてない」方こそがプロであるという訳です。Hの「釣りが上手で自分の考え方もあって世の中のために役立っててビジネス的にも成功している」方などは殆ど存在しないと思われ、仮に存在した場合はもはやネ申として崇め祭られてしかるべきかと。しかし残念ながら釣りそれ自体で生計を営むことはほぼ不可能に近いでしょうから、実際には道楽として湯水のようにモノカネ時間を費やすことができる財政基盤なしには、到底成し遂げることは不可能であるかと思われます。

そして、ABCDにプロットされた人が何らかの発言力をもってしまうと、EFGHの人たち、とりわけEGの方々がとっても困るのではないかと思うわけです。そしてそういった処を根源としたBDの方々の悲劇がそこら中で起こり続けてきたのではないかと思われます。


『本業でない人が深く入り込むとロクなことにならんですよ、そのロクでもないパターンが延々と続くのが遊びの世界の掟です。やりたいようにやればいいんですよ。』という、とあるエキスパートの方からの助言は、「どうせ避けられないんだから気にしないで好きにすればいいさ」という意味であり、

『目立つと叩かれるので静かにオトナシクしているのがイチバン』という武器商人や諸先輩方からの助言は、「そういった悲劇を回避しながらクレバーに遊びなさい」という意味であるわけです。

ま、自分の場合は間違えなくAにプロットされる分類の釣り人だと思うし、モノカネ時間を湯水のように費やして人生かけてまで釣りに打ち込む余裕なんてないし、殺伐としたフィールドで怒鳴り合いながらバトルを展開してまでイイ魚を釣りたいとも思ってないし、まあ、お気楽にのんびりと、マイペースで楽しくやれれば良いのかなあと…(;´・ω・)

まあそれはさておき、『素朴な疑問』に対する考察として3軸でプロットしなおしたら、なんか妙にスッキリと清々しい気持ちになれちゃったのでご報告まで。そういうワケでこの件については勝手ながら今回でクローズさせて頂きます…(;´・ω・)