釣り場の環境の最近のブログ記事

明日は海~(^。^)ノ


毎年のことなんですが5月連休は遠出をしないことにしている。なにしろあの渋滞は耐え難い。かといって、どこへも釣りに行かないというのも釣り人としてはムリに近いので(笑い) どっかの近場でお茶を濁すことになる。

しかし、先日の奥多摩川のように、近場の川はどこも死んでしまっており、釣り場としての魅力はもはやない。

「死んでしまった川を再生する試み」が行われている川もあれば、従前の如く「成魚放流&釣り切り文化」を頑なに守っている河川もある。どっちが良くてどっちが悪いかというのは、その釣り人のフィッシングスタイルや嗜好に依存する部分が大きいため、微妙な問題として捉えて自分の考えを正々堂々と発表できない釣り人が多い。

ワタシの考えでは「死んだ川を再生する試み」も「成魚放流&釣り切り文化」も、今日の東京近郊の河川利用の実態としては、両方とも納得の行く考えだ。しかしながら、釣り人にとって、「釣ったサカナは逃がせ」っていうのと「釣ったサカナは食ってやる」というのは、利害の相反する分野なので、本質を見失って感情論に発展しやすい傾向にあるのも確かだ。

しかし、だからといって「口を閉ざす」という行為は卑怯であるように感じるし、こうした話をちゃんとできないような人は「葛藤処理」がちゃんとできていないのではないかと疑いの眼差しを向けざるを得ない。

ま、それはともかくとして、「いつ行っても魚の影を見ることができる川」東京近郊の川では、ツリボリかツリボリに近い管理形態の川以外の場所に望むのは夢のまた夢・・・若しくは水質が著しく悪いため釣った魚を食べることを躊躇してしまうような川ぐらいしかない。

これが地方の川であっても、本質的には違わないのだろうけれども、東京近郊の河川では、釣り人の数が圧倒的の多いために、影響力がハンパじゃない。

っと、まぁ、近所の川のことを色々考えていくと、色々と嫌気がさしてくる。

地方の恵まれた川しか知らない釣り人にとっては、奥多摩川の実態などは想像もつかないだろう。
いままで色々と勝手なことを言われてきたけれども、そんな現状を知った上で発言して頂きたいものだ。


そんなワケで、息抜きにちょっとつりにでも行こうかということになり、中禅寺湖、芦ノ湖、野反湖、鬼怒川、神流川、千曲川・・・と、いくつかのフィールドを検討したのですが、どうも渋滞からは逃れられない。

って、ワケで、ヤッパリ、「海?」

15の夜とヤマメ釣り♪

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本日4月25日はワタシの大好きなミュージシャン「尾崎豊」の命日です。
東京・渋谷のインフォスタワーにレリーフが刻まれています。

そんな尾崎豊の曲の中で最もすきなのは「15の夜」です。バイク屋のラウンジでお喋りにふけっているときに有線でよく流れていました。

当時バイカーだった私もいまではすっかり「釣りオヤジ」と化してしまったのですが、数年前まで小菅の金風呂下でのルアー・フライ・テンカラ釣りにかまけていました。

「ダンプや重機が釣っているすぐ後ろを引っ切り無しに往来する河原でやるヤマメつり」

それまで同じ奥多摩といっても日原川の本流や支流、そして千曲川などで伸び伸びと渓流釣りをやっていた私にとっては衝撃的な体験でした。

思いあまって国土交通省京浜河川事務所に手紙をだしたこともあるし。

そのときの京浜河川事務所の方の暖かい対応には心より感謝申し上げます。

また、高原川の雄大な景観と太く清らかな流れを見ながら、東北や北陸などの地方の渓流マンにいくら言っても東京近郊の渓流事情は説明がつくはずが無いというのもよく理解できました。


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