昨日のことだが吉田俊彦氏と偶然再会した。
しばし世間話をした後に「思うところは色々あると思うけれど名栗川に釣りにきてよ。」と、お願いされた。
吉田俊彦氏には小菅川のときにも「色々問題ある釣り場だけど応援してよ」と頼まれたことがある。彼は入間川漁協の組合員であり監視員でもある。色々な肩書きを持つ人だけれど、個人的には嫌いではない。変っているというか個性的なのは、フライフィッシャーマンなのだから仕方が無いとして、色々とクダラナイ肩書きを取り払った吉田俊彦氏個人は、ワタシにとっては好きな部類に入る。
でだ、およそ20年ぶりに名栗川で釣り糸を垂れてみようという気になってみた。
ここの釣り場がオープンになったときは、ちょっと派手に宣伝しすぎで周囲もミーハーなノリで騒ぎすぎたような印象を受ける。そんなワケで昨年のセクトラオークション時に宮下力先生から参加命令を出されていたのだけれども、頑なに拒否していたのだった。そんなワケで昨年の解禁時は大分勝手なことを言って騒いでいたのだけれども、入間川漁協と我が家は縁が浅くはない。母親がたいそう世話になった、故・双木卯之助氏は入間川漁協の歴代組合長だった。
自宅を朝の9時40分に出発、湯の田ドライブインで受付などを済ませ10時には川で竿を出していた。
ちなみに湯の田ドライブインは、ポメラニアンの故・愛犬ポポを頂いた家の対岸に位置する。

西武線に赤い電車が走っていた頃、この橋の袂はこどもの背が届かないほどの深い淵になっていた。
親戚一同でしばしば川遊びにきていた河原だ。黄色い電車に変わった頃はもう川遊びは卒業していた頃かもしれない。まさか銀色の電車が走る今日、5番のフライロッドにウェットフライのシステムを組んでこの河原に立つとは夢にも思わなかった。オニぐるみの木はまだ生えていた。
バーベキューの家族連れが7組ぐらいおり、河原で遊んでいる。中には釣りを楽しんでいる家族もいる。女子中学生と思わしき女児が釣りを楽しんでいる。まさかここがヤマメ釣り場になっており、しかもエサ釣り禁止で、しかも釣った魚を逃がさねばならないルールになっているなんて、夢にも思っていないだろう。