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平凡なフライマン(4)【最終回】

現在の熟練者の中に、市井(しせい)の平凡なフライマンや釣り人の心にも達せぬ浅はかなひとが多いのはどうしたことだろう。「美しさ優しさ」を軽蔑誤解して、口に猛々(たけだけ)しいことをいうのは笑止なことだ。 遠き旅路にゆく人は …

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平凡なフライマン(3)

私は、市井(しせい)ありふれたフライマンがヤマメを四、五匹も釣ってあくせくしているのを、昔は気の毒だと思ったこともあったが、そのフライマンたちは案外幸福気なのだろうと考える。朝夕、ヤマメがネットを汚して来ることに不服をい …

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平凡なフライマン(2)

ある熟練者が二、三人寄っての座談の記事をこのごろ読んだことがある。全く虫酢(むしず)のはしるような会話ばかりであった。そのフライマンのなかのある一人は、釣行前のフライのタイイングの煩(わずら)わしさに、プロタイヤーからフ …

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平凡なフライマン(1)

フライマン同士がヤマメを釣っての立話に、 「まア! お久しうございます。皆様おかわりもなくていらっしゃいますか、一番お末のヤマメ、もう、こんなにおなりでございますの?」 「ええもう八寸になりまして、もう少しで無き尺でござ …

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現代フライとは? (7)【最終回】

  近ごろの毛鉤界では、ロングリーダーと云えば、何かもう、絶対のように考えられているが、私はおかしくて仕方がない。2ちゃんねるなど、自分をシロウトと云い、ロングリーダーを一流と云い、シロウトの中には僕も含まれて …

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現代フライとは? (6)

歴史的な観察法は現代には通用しないものだ。なぜなら、釣り人と一口に言うが、いわゆる釣り人一般と、自分という年イチしか行くことができない釣り人とは違う。釣り人は永遠に在るが、自分は今だけしかない。そこに現代というものゝ特性 …

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現代フライとは? (5)

この現代の狂躁のみをこめたようなルアーの悪音響も、やがては典雅となる筈である。現代そのものは常にまったく典雅ではない。現代は歴史ではなく、釣りそれ自体だからだ。釣り自身は歴史的に観察整理され得ざるところに本領があり、どこ …

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現代フライとは? (4)

  昔は逆さだのステルスだのバーコードが日常釣行の毛鉤の友であった。元来は釣り的なものだ。それが今日は釣りを離れた典雅なものとなって、時に人々は、その典雅がフライの本質だと思いがちだが、これが、つまり、老人のク …

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現代フライとは? (3)

現代フライの貧困、などゝ近頃のハヤリ言葉であるが、こういうことを言う人は、すでに御当人が阿呆なのである。 老人というものは、口を開けば、昔はよかった、昔の釣り人は腕がたしかであった、今の釣り人は見られないと言う。何千年前 …

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現代フライとは? (2)

例を私の身辺にとっても、大多数の釣り人は釣れもせぬサカナを批評しているから、魔法使いのようなものだ。×なんてサカナはつまらんですな。君釣ったのかい。いゝえ、みんなそう言ってますよ、とくる。釣り堀て怪(け)しからんエロフィ …

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現代フライとは? (1)

伝統の否定と一口に言うけれども、伝統は全て否定しなければならぬというものではなくて、すでに実質を失いながら虚妄の空位を保って信仰的な存在をつゞけていることが反省され否定されなければならぬというだけだ。実質あるものは否定の …

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悪竿論-7 【最終回】

然し、しからば悪竿は良竿なりやといへば、必ずしもさうではない。知性なき悪竿は、これはほんとの悪竿だ。多情淫奔、たゞ動物の本能だけの悪竿は始末におへない。然し、それですら、その多情淫奔の性によつて魅力でもありうるので、そし …

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悪竿論-6

だいたい釣りクラブなどゝいふものは、偶然なもので、たまたま知り合つたがために集まっているにすぎず、知らなければそれまで、又、あらゆる人間を知つての上での選択ではなく、少数の周囲の人からの選択であるから、絶対などといふもの …

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悪竿論-5

 人間性の省察は、フライマン同士の関係に於ては、いはゞ鬼の目の如きもので、フライマン同士はいはゞ、弱点、欠点を知りあひ、むしろ欠点に於て関係や対立を深めるやうなものでもある。その対立はぬきさしならぬものとなり、憎しみは深 …

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悪竿論-4

釣りクラブといふと皆で仲良く、メデタシ/\と考へて、なんでもさうでなければならないものだときめてゐるが、仲間割れなどゝいふものも大いに趣味のあるもので、第一、皆で仲良くメデタシ/\よりも、よつぽど退屈しない。ほんとだ。 …

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悪竿論-3

ビルダー大学の訓練を受けたモハンのロッドが良竿であるか、そして、左様な良竿に対比して、日本的な悪竿の型や見本があるなら、私はむしろ悪竿の型の方を良竿也と断ずる。  オーバーヘッドしたり、スペイをしたり、ロールを打ったり、 …

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悪竿論-2

 然し、日本のフライマンは不幸であつた。なぜなら、日本のビルダーは愛竿を作る教育を受けないから。彼らは、パトロンに仕へ、得意客を育て、主として、出資者に孝に、上客に忠に、フライマンそのものへの愛情に就てはハレモノにさはる …

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悪竿論-1

 悪竿には一般的な型はない。ロッドとフライマンの個性の相対的なものであるから、わが飲茶の如く(彼は僕らの仲間では大馬鹿愛竿家といふ定説だ)先日サイトが閉鎖され、日本が仲良しSNS全盛で書きたい事も書けずに困つてゐるなどゝ …

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吾輩は鱒である 第1章【第1章最終回】

バスプロの黒はその後、鰭なしになった。彼の光沢ある鱗は漸々(だんだん)色が褪(さ)めて抜けて来る。吾輩がアワビよりも美しいと評した彼の眼には水カビ病が一杯たまっている。ことに著るしく吾輩の注意を惹(ひ)いたのは彼の元気の …

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吾輩は鱒である 第1章⑰

せんだってあるフライマンにシャルル・リッツがサワダに忠告して彼の一世の大著述なるA FLYFISHER’S LIFEを仏語で書くのをやめにして英文で出版させたと言ったら、そのフライマンがまた馬鹿に記憶の善い男 …

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吾輩は鱒である 第1章⑯

昨夜(ゆうべ)は僕がタイイングを行って到底物にならんと思って、そこらに抛(ほう)って置いたのを誰かが立派な額にして欄間(らんま)に懸(か)けてくれた夢を見た。さて額になったところを見ると我ながら急に上手になった。非常に嬉 …

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吾輩は鱒である 第1章⑮

プロタイヤーといえば吾輩の監視員も近頃に至っては到底(とうてい)タイイングにおいて望(のぞみ)のない事を悟ったものと見えて十二月一日の日記にこんな事をかきつけた。 ○○と云う人に今日の会で始めて出逢(であ)った。あの人は …

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吾輩は鱒である 第1章⑭

「 アイサってけども何ワカサギ少し大きいぐれえのものだ。こん畜生(ちきしょう)って気で追っかけてとうとう滝つぼの中へ追い込んだと思いねえ」「うまくやったね」と喝采(かっさい)してやる。「ところが 御めえいざってえ段になる …

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吾輩は鱒である 第1章⑬

或る日例のごとく吾輩と黒は暖かいプールの中でクルージングしながらいろいろ雑談をしていると、彼はいつもの自慢話(じまんばな)しをさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向って下(しも)のごとく質問した。 「御めえは今までにワ …

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吾輩は鱒である 第1章⑫

「一体バスプロとプロタイヤーとはどっちがえらいだろう」 「バスプロの方が強いに極(きま)っていらあな。 御めえの うちの監視員を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」 「君もバスプロの鱒だけに大分(だいぶ)強そうだ。バスプロに …

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吾輩は鱒である 第1章⑪

今でも記憶している。その眼は釣り人の珍重するアワビというものよりも遥(はる)かに美しく輝いていた。彼は身動きもしない。双眸(そうぼう)の奥から射るごとき光を吾輩の矮小(わいしょう)なる尾鰭の上にあつめて、御めえは一体何だ …

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吾輩は鱒である 第1章⑩

我儘(わがまま)もこのくらいなら我慢するが吾輩は釣り人の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき報道を耳にした事がある。 吾輩の川の下流に十坪ばかりのプールがある。広くはないが瀟洒(さっぱり)とした心持ち好く日の当(あた)る …

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吾輩は鱒である 第1章⑨

これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今監視員のフライを見ると、黄でもなければ黒でもない、灰色でもなければ褐色(とびいろ)でもない、さればとてこれらを交ぜた色でもない。ただ一種の色であるというよりほかに評 …

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吾輩は鱒である 第1章⑧

「どうも甘(うま)く釣れないものだね。人のを見ると何でもないようだが自(みずか)ら竿をとって見ると今更(いまさら)のようにむずかしく感ずる」これは監視員の述懐(じゅっかい)である。なるほど詐(いつわ)りのない処だ。彼の友 …

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吾輩は鱒である 第1章⑦

我儘(わがまま)で思い出したからちょっと吾輩の川の監視員がこの我儘で失敗した話をしよう。元来この監視員は何といって人に勝(すぐ)れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。フライを巻いて鳥の羽根を机の上に並べたり、 …

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吾輩は鱒である 第1章⑥

吾輩は釣り人と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘(わがまま)なものだと断言せざるを得ないようになった。ことに吾輩が時々同衾(どうきん)する毛鉤師のごときに至っては言語同断(ごんごどうだん)である。写真撮影の時は …

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吾輩は鱒である 第1章⑤

吾輩がこの川へ住み込んだ当時は、監視員以外のものにははなはだ不人望であった。誰に釣られても舌打ちをされて相手にしてくれ手がなかった。いかに珍重されなかったかは、今日(こんにち)に至るまで尾鰭さえつけてくれないのでも分る。 …

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吾輩は鱒である 第1章④

 吾輩の監視員は滅多(めった)に吾輩と顔を合せる事がない。職業はプロタイヤーだそうだ。仕事から帰ると終日河原に行ったぎりほとんど家にいる事がない。家のものは大変な釣りキチだと思っている。当人も釣りキチであるかのごとく見せ …

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吾輩は鱒である 第1章③

ここへ這入(はい)ったら、どうにかなると思って堰堤の崩(くず)れた穴から、とある瀬尻にもぐり込んだ。縁は不思議なもので、もしこの堰堤が崩れていなかったなら、吾輩はついに河原に餓死(がし)したかも知れんのである。一樹の蔭と …

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吾輩は鱒である 第1章②

 この釣り人の網の中でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。釣り人が動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗(むやみ)に眼が廻る。胸が悪くなる。到底(とうてい)助からないと思っている …

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吾輩は鱒である 第1章①

 吾輩(わがはい)は鱒である。尾鰭はまだ無い。  どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でバチャバチャ跳ねていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで …

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