再利用のバス停と情けない地元の川

「釣り場前」っていうバス停名って、釣り人にとっては捨て置きならない感じです。

地元のちょっと引っ込んだところに、そんなバス停があります。

そのバス停、県の中心地付近に設置されていたバス停のお古というか、テキトーにペンキで上書きした再利用品であることがすぐにわかるようなリメイクの仕方で、バス会社経営の行く先が案じられちゃう感じですけど…(;´・ω・)

バス停名の付近に、そのむかし釣り堀があったらしいということですが、正確な由来は定かではありません。

話は変わりますがそんなバス停のある地元の某川流域一帯は、昭和の初めぐらいまで、関東近辺では有名なヤマメ釣り場でした。

ところが江戸時代に盛んだった林業の衰退による水源林の荒廃、上流域のダム建設、流域の人口増加などの要因により水量が激減し、現在では、かつてのヤマメ釣り場の面影は跡形もなくなってしまっています。その昔ヤマメが泳いでいた瀬や淵には小口バスが泳いでいるし、シーズンになり川へ降り立つとキュウリというかスイカみたいなアユの匂いが立ち込めて、アユ釣りの人がずらりと並んでいた面影は、まるで幻のように消え去ってしまい、うぐいやオイカワなどの小魚はカワウがバクバク食べてしまって、最早死に体な生体反応が極めて薄い川となってしまいました。

そんな「夏草や兵どもが夢の跡」的な地元河川を再びヤマメ釣り場に、しかもフライフィッシング専用の釣り場にしようという独善的な動きが10年ほど前にありましたが、地元の理解や協力を得ることができずに大失敗に終わりました。

地元民であるわたしは、当時誘われましたが概要を聞いただけで失敗することが判りきっていたので関わらず遠巻きに静観していました。その後も自己資金でヤマメの稚魚放流を続けているようですが、最早釣り場として死んでしまっている河川がそんなことぐらいで息を吹き返すとは到底思えません。

そんな地元河川の黒歴史は、すでに忘れ去られているか封印されている感じですけど、そういった失敗をきちんと振り返り検証せずに、なあなあにしてきた結果が、今日のフライフィッシングにおける惨状を招いていると思わざるとえません。

そんなわけで、川で釣りをするときは地元の川では竿を出しません。正直言って昨今における地元河川の惨状を直視する勇気が沸き起こりません。幼少の頃に遊んだきれいで魚がいっぱい泳いでいた地元の川の思い出を美しいままの状態で保存しておきたいのです。

ですから、フライでちょい釣りしたいときは、養沢へ行くことにしています。養沢の流域一帯は古くからフライフィッシングに対する地元の理解が得られており、安心して竿を出すことができるからです。