吾輩は鱒である 第1章【第1章最終回】

バスプロの黒はその後、鰭なしになった。彼の光沢ある鱗は漸々(だんだん)色が褪(さ)めて抜けて来る。吾輩がアワビよりも美しいと評した彼の眼には水カビ病が一杯たまっている。ことに著るしく吾輩の注意を惹(ひ)いたのは彼の元気の …

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吾輩は鱒である 第1章⑮

プロタイヤーといえば吾輩の監視員も近頃に至っては到底(とうてい)タイイングにおいて望(のぞみ)のない事を悟ったものと見えて十二月一日の日記にこんな事をかきつけた。 ○○と云う人に今日の会で始めて出逢(であ)った。あの人は …

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吾輩は鱒である 第1章⑭

「 アイサってけども何ワカサギ少し大きいぐれえのものだ。こん畜生(ちきしょう)って気で追っかけてとうとう滝つぼの中へ追い込んだと思いねえ」「うまくやったね」と喝采(かっさい)してやる。「ところが 御めえいざってえ段になる …

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吾輩は鱒である 第1章⑬

或る日例のごとく吾輩と黒は暖かいプールの中でクルージングしながらいろいろ雑談をしていると、彼はいつもの自慢話(じまんばな)しをさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向って下(しも)のごとく質問した。 「御めえは今までにワ …

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吾輩は鱒である 第1章⑫

「一体バスプロとプロタイヤーとはどっちがえらいだろう」 「バスプロの方が強いに極(きま)っていらあな。 御めえの うちの監視員を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」 「君もバスプロの鱒だけに大分(だいぶ)強そうだ。バスプロに …

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吾輩は鱒である 第1章⑪

今でも記憶している。その眼は釣り人の珍重するアワビというものよりも遥(はる)かに美しく輝いていた。彼は身動きもしない。双眸(そうぼう)の奥から射るごとき光を吾輩の矮小(わいしょう)なる尾鰭の上にあつめて、御めえは一体何だ …

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吾輩は鱒である 第1章⑩

我儘(わがまま)もこのくらいなら我慢するが吾輩は釣り人の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき報道を耳にした事がある。 吾輩の川の下流に十坪ばかりのプールがある。広くはないが瀟洒(さっぱり)とした心持ち好く日の当(あた)る …

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吾輩は鱒である 第1章⑦

我儘(わがまま)で思い出したからちょっと吾輩の川の監視員がこの我儘で失敗した話をしよう。元来この監視員は何といって人に勝(すぐ)れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。フライを巻いて鳥の羽根を机の上に並べたり、 …

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吾輩は鱒である 第1章⑤

吾輩がこの川へ住み込んだ当時は、監視員以外のものにははなはだ不人望であった。誰に釣られても舌打ちをされて相手にしてくれ手がなかった。いかに珍重されなかったかは、今日(こんにち)に至るまで尾鰭さえつけてくれないのでも分る。 …

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吾輩は鱒である 第1章④

 吾輩の監視員は滅多(めった)に吾輩と顔を合せる事がない。職業はプロタイヤーだそうだ。仕事から帰ると終日河原に行ったぎりほとんど家にいる事がない。家のものは大変な釣りキチだと思っている。当人も釣りキチであるかのごとく見せ …

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吾輩は鱒である 第1章②

 この釣り人の網の中でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。釣り人が動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗(むやみ)に眼が廻る。胸が悪くなる。到底(とうてい)助からないと思っている …

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吾輩は鱒である 第1章①

 吾輩(わがはい)は鱒である。尾鰭はまだ無い。  どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でバチャバチャ跳ねていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで …

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